想い出がいっぱい

先日の仕事帰り、地元の駅前で小学校時代の同級生と偶然出くわしました。
本当に久しぶりだったのと、たまたま時間があったので、そのまま居酒屋に直行。

お互い、時の流れに気づきつつも、空白の時間はすぐに埋まりました。

「変わらないね」の言葉に、「年とっちゃいました」と私。

「気持ちはあの頃と全然変わってないんだけどね」

「肉体は老いても、魂は年をとらないんだって」

そんな会話に、懐かしい日々が蘇りました。

「○○君、健康そうだよね」

「昔から、病院にはほとんど行ってないんだ。今は毎日病院勤務だけどね」

私は病院嫌いということもありますが、50代のこれまで病院に行ったのは5~6回。

それも、花粉症の薬をもらいに行ったのと、めまいが気になって1度だけ耳鼻科にかかっただけです。

具合が悪い時は我慢するか、家置きの市販薬で治します。

「でも、案外ころっといっちゃうかもね。自覚症状はなくても手遅れの病気になっているかもしれないし」

そんな話が単々と続きました。


「まだね、独身なんだ」

「えっ、顔も頭もよくて、もてもてだったのに」と、私は大袈裟に驚いてみせました。

それが、せめてもの相手への敬意かな、と思ったのです。

風の噂で、なんとなくそのことは知っていましたから。

障がいのある兄の面倒を見ているってことを。

「若い頃に戻りたい。もう一度やり直したい。そうしたら、こんな時はああしてこうしてって、今ならわかるから」

「でも、戻ったからといって、やり直せるとは限らないけど」

「よく、一生で出会う人の数は決まっているっていうよね」

「多分、今出会ってる人って、前世でも縁があった人なんだと思う。どこかで会っていたんだよ」

「私には出会いはないと思うな、もう諦めてる」


昔だったら、こんなに親しくは話せなかったと思います。

全くレベルの違う人だったから。

でも、今は少しの皺と幾ばくかの哀愁が漂う普通の人。

ただ、懐かしさだけがお互いの溝を埋めていたのでしょう。

「多分、幸せって最後までわからないものだと思う」、と私。

「あんまり、慰めてほしくないなぁ」

「自分だっていろいろ抱えてるし、人に言う資格なんかないけどね」

「でも、まじで幸せそうに見えるんだけど」

「全然そんなことないよ。多分、幸せと不幸が半分づつ同居してると思ってる。だから、最後までわからない」

少し酔っていたので、なんだか格好つけてしまい、自分の言葉にも酔ってしまいました。

まるで、重松清の小説のようです。

「ごめん、もうこんな時間。悪いけど、先帰るね。じゃあ、また。あっ、明日は雪だって」

「雪?かぁ。うん、お元気で」

「…………」

その後も、しばらく一人で飲みました。

幸せってなんだろう……って考えながら。

そして、雪が降らないことを祈りつつ。



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この記事へのコメント

2015年02月08日 00:54
こんばんは。
本当に重松清さんの小説に出てくるような会話ですね。
「幸せと不幸が半分ずつ同居してる。」
わかります~。
私の場合は3:7くらいかと…。
向日葵
2015年02月08日 01:13
同級生の方の気持、よくわかります。
幸せになってもらいたい。
他人事じゃないようで、なんだか切ないです。
ソフィー
2015年02月08日 23:21
こんな感じの会話ができるなんて、なんかいいですね。ほんと、ドラマみたい。
お兄さんのために犠牲?になった彼女?。
なんだか、切ないです。
幸せって何だろうって思いますね。
幸せになってもらいたいなぁ。
Kー上の
2015年02月09日 06:00
偶然の同級生との再開、昔話に花が咲き盛り上がったみたいですね😄そうですね「時間が戻せたら…」と思わない事はないけど…でも目の前にも喜びや幸せは沢山あると思います。私は今あるものを大切にしたい😊なんとな~くブログを見ながら想いました
四丁目
2015年02月09日 21:24
なあちゃんさんへ。
重松清さんの小説に出てくるような中年の悲哀を感じるでしょ。
彼女はお兄さんの世話で婚期を逃してしまったんです。昔のような輝きが感じられなかったのが残念です。
3:7でも、3あるだけいいと思うなぁ。
四丁目
2015年02月09日 21:28
向日葵さんへ。
切ないと感じるかもしれません。
輝いていないかもしれません。
でも、なんとなく元気なんです。
そう、見せているのかもしれませんが。
四丁目
2015年02月09日 21:33
ソフィーさんへ。
犠牲といえば犠牲かもしれないですね。
でも、人の生き方にあれこれ言う資格はないし。
いつかは、幸せになるんじゃないかって思ってます。50年も生きていると、同級生たちの人生もいろいろありますね。
私もそうですけどね。
四丁目
2015年02月09日 21:45
K-上のさんへ。
その通りです。
案外、自分の目の前にある喜びや幸せに気づいていないかもしれませんね。
それに早く気づいて、それを大切にしないといけないんだと思う。
当たり前だと思っていてはだめ。
一つ一つに感謝の気持ちを持たないといけません。
会えることに、仕事できることに、笑顔に、生きていることに、感謝ですね。
今夜は知人のお通夜でした。
だから、よけいにそんなことを感じてしまった夜です……。


マザースター
2015年02月10日 09:11
結婚してすぐに現在の住まいに根を張ったため
幼馴染という方に会うことなどまずありません。
30年位前でしょうか銀座四丁目、交差点で信号待ちしていたら
停車していた車中から「○○ちゃん」と大声が。
小、中、の同級生でした。数分でしたが名刺をもらい以後
家族ぐるみでお付き合いしています。
来月から数か月実家である足利で展示依頼うけました。
幼馴染と再会するチャンスが増えそうです。
おそらくその間に友人たちが現在、幸せなのか否か
自分も含め語りたいと思います。
倖せ・・山ほどいらないけど心の大事な場所に少しだけでいいからいつも待っていてくれたらいいな。
四丁目
2015年02月10日 23:11
マザースターさんへ。
私は生まれ育った街で暮らしているので、周りには同級生がいます。
でも、おそらく1割くらいしか残っていないと思います。
よく会える人もいれば、滅多に会えない人もいます。
また、あの子はどうなった、こうなった、今は○○している等、やたらと情報通の方もいます。
幸せそうな人もいれば、明らかに不幸そうな人もいる。
そんな中で、自分はどう見られているのだろうって
気になります。
私も山ほどの倖せはいりません。
貧乏でもいい。
ただ、自分を想ってくれる人といられることが、一番の倖せではないのかなぁって、最近思うようになりました。

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