≪ぼくと友人と友人の彼女とその友人の生きる道≫

私の友人で職場の同期だったYが1月に突然他界しました。まだ再婚したばかりで、幼子が一人いました。奥さんが実家から戻って、布団の中で亡くなっている彼を発見したそうです。年末にちらっと見かけた時は、冴えない顔をしていたけれどまさか亡くなるとは。
死因は心筋梗塞とのこと。まだ四十半ばなのに・・・・。
  同じ年代の仲間が亡くなるというのは、現実としてすごく嫌なもの(寂しいもの)です。
Y君のご冥福をお祈りいたします。

さて、そのYとの思い出です。
まだ二十代前半(就職したて)の頃、私とY、Yの彼女、彼女の職場(今は合併された某都市銀行)の友人Aの4人で、神戸、京都方面へ旅行に行ったときの話です。今を思えば私とAはYとYの彼女のだしに使われたようなものでした。
 1泊目は神戸に行き、異人館を見学したり、夜は飲み比べをするなど比較的和やかに過ごしました。問題は2泊目でした。2泊目は京都大原三千院に程近い所にある民宿に宿をとったのです。それがどう間違ったのか部屋は1部屋、しかも一つの部屋を襖で区切っただけで、隣の声も聞こえるようなヒドい部屋。
 それに怒ったのかどうかは未だに謎ですが、YとYの彼女が言い争いを始めたのです。二人の仲は、あまりうまくいってなかったように見受けました。あーだこーだと青春ドラマのように二人の言い合いは延々と続いていったのです。
 私とAは口を挟むタイミングもないまま部屋の外に出て、膝を折りながらじっと待ち続けました。何時間も・・・・。やがて、Yはしんしんと降りしきる雪の中に飛び出していったのです。「おれは帰る」と。再び青春ドラマのようです。
Aの「迎えに行ってあげて」という声に促されると同時に、こんな時は連れ戻しに行くべきだろうな、どうせ帰れる訳ないし、と思いたちすぐに外へ出る。私は雪の上に残った足跡をたよりにYを追いかけて行ったものです。再再青春ドラマのように。
その晩は二人で廊下で過ごしました。一睡もせず。
翌朝の朝食は彼女たちとは別別のテーブルについた。彼女たちはさも何もなかったかのように食事を摂っておりました。私とYは食欲もなく彼女たちとは別行動で早々と東京に帰ったのです。

追記 ちなみにYとAはその後破局。ところでAさんは今ごろどうされているでしょうか。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック